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グルジェフ とスーフィズム

尊敬している方から知識を出しなさい。とご助言いただき、全く出すつもりはありませんでしたが、あるヨガの老舗出版社の機関紙に数ヶ月間連載させていただきました記事をここで公開します。
ダイジェスト版ですが少し長いので興味ある方はお読みください。

以下記事

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グルジェフスーフィズム 
人間の存在意義と役割を求めて

 

Ⅰ.はじめに
 近年、残虐な事件やSNS等の発達による表現の多様化とモラルの低下により人々のアイデンティティが著しく低下している気がしてならない。そこで、人間の存在意義が少しでも分かればアイデンティティは回復するかもしれないと淡い希望を抱き二つの人間論から人間の存在意義について研究する事にした。
 本稿は、20世紀最大の神秘思想家と言われるG.I.グルジェフの思想体系とスーフィズム(イスラーム神秘主義)の二つのもつ人間論について研究していく。G.I.グルジェフスーフィズムに大きな影響を受けたと考えられていることが多く、グルジェフ自身の著作の中では、スーフィーであるムラ・ナスレディン(ホジャ・ナスレディン)を自身の師としており、ムラの逸話を度々引用して、最も賢明な人間であると述べている。この研究では双方の膨大な思想体系の類似点や同一点を見出し、その根底に流れるモノを考察することでグルジェフスーフィズムの叡智を受け取り、【人間】という神秘のほんの一部でも触れることができることを願い本稿を進めていく。

Ⅱ.二つの人間論
 G.I.グルジェフスーフィズムの双方の膨大な思想体系の中でも特に比重を置いている「人間論」について述べていく。なお、今回の研究で取り扱うスーフィズムは主に、イスラーム思想史上最も影響力のある思想家であり、「最大の師」と呼ばれている神秘思想家イブン・アラビー(A.D1165-1240)の「完全人間論」とする。

1)グルジェフの人間論
 グルジェフの世界観では、この宇宙は「絶対」からなっており、絶対が発した創造の光からの降下のプロセスと、絶対へと還っていく上昇のプロセスに分けている。この世界観での人間の役割は、降下のプロセスにおいて太陽と地球間における印象の受信装置のような役割をしている。太陽の印象を人間が変換し地球に与える。また、人間が発する印象を月が食べて創造の光の降下のプロセスを進行させる。
 グルジェフの人間論は、人間を宇宙の縮図であり世界の似姿としており、人間を7つの段階に分けている。
 人間第一番、人間第二番、人間第三番、人間第四番、人間第五番、人間第六番、人間第七番。と分類している。

人間の番数:特製:主観的・客観的
人間第七番:真の意味での人間:完全なる客観性
人間第六番:幾つかの恒久的特性の欠如:完全に近い客観性
人間第五番:統一:人間第六番からの客観的知識
人間第四番:恒久的重心有り、センターの均衡化:客観的になり始め
人間第三番:思考優位:主観的な理論思考
人間第二番:感情優位:彼の好きな知識
人間第一番 肉体優位:暗記詰め込み

 人間第七番とは、人間に可能な発達段階の頂上に達した人と述べている。次の記述は間接的に人間第七番のことを述べていると思われる。
 「人間と宇宙の完全な対応関係は〈人間〉がその語の完全な意味において解釈されるときにだけ、つまりその本来の力を発達させた人間をとりあげるときにだけひきだすことができる。」
完全な人間は完全な宇宙との対応関係を持つことが考えられる。
 グルジェフは人間第三番以下を機械的人間と呼んでおり、又は眠っている状態だと言っている。機械的人間から脱却している人間第四番は生まれつきのものではなく、修練の産物だと言っている。ここで言う修練とはスクールでのものとしており、それは彼の説く「第四の道」の事を指していると思われる。
 「第四の道」とはいかなるものか。それを述べる前に第一、第二、第三の道について述べる必要がある。
 第一〜第三の道は不死性を獲得するための一般的に知られているカテゴリーとなっている。
 第一の道ーファキールの道ー肉体
 第二の道ー修道僧の道ー感情
 第三の道ーヨーギの道ー精神
 これらの道は日常生活を破棄し膨大な時間をかけて一側面を発達させて人間第四番になるための修練や苦行を行う。もしこれらの道で人間第四番の性質を手に入れたとしても偏った発達であるため本来の人間第四番の機能を得ることは難しい。
 第四の道の特性は、日常生活を破棄せずに日常生活の中で準備を進める。肉体、感情、精神に同時に働きかける為に理解し、意志を獲得する。そうすることで他の三つの道で時間と労力をかけて得られる結果を一瞬で得ることができる。

道の種類:働きかける部位:所有時間:人間第四番の特性
第一の道:肉体:一か月:肉体のみの発達
第二の道:感情:一週間:感情のみの発達
第三の道:精神:一日:精神のみの発達
第四の道:一〜三の全て:一瞬:一〜三の発達

2)イブン・アラビーの人間論
 イブン・アラビーの世界観を簡単に述べると、【絶対者】が存在し、絶対者が己を知られたいという欲求をもった。そこで知られる為の場、宇宙(世界)を創造した。イスラームにおける絶対神アッラー」ですら、絶対者が知られるために顕現した二次的な段階であり絶対ではないと説いている。また、彼の世界観では慈しみと愛がこの世界の創造に深く関わっている。
 イブン・アラビーの説く「完全人間」とはどのようなものであろう。彼曰く、完全人間とは絶対者と被造物との中間であり、地上における神の代理人だとしている。完全人間は神の宝庫(宇宙)の管理者である。この神の宝庫は「絶対者」が神として顕現する為の場であり、「絶対者」が神であるためには宇宙とその管理人である人間が必要となる。完全人間がいる限り宇宙は護られる。
 イブン・アラビーの説く完全人間論では人間を大きく二種類に分けている。
 ①宇宙論的人間→個人ではなく種としての人間(人類)。神の似姿でこの世界で最も完全なもの。
 ②個体的人間→種ではなく個人としての人間。人々の間で違いがある。
 宇宙論的人間では人間という種そのものを完全人間としているが、個体的な人間は殆どの人が完全人間には程遠く一部の人間のみ(主に預言者)が完全人間に値するとの見方をしている。また、イスラームの世界で重要な役割を占める天使でさえ完全人間より劣るものだとしている。
 イブン・アラビーは自身のことを次のような詩で表現している。
 「私は、愛のある宗教について行く。ある時は、ガゼル[神の叡智]の羊飼いと呼ばれ ある時は、キリスト教修道士、ある時は、ペルシアの賢者。 我が愛する三-三にしてただ一つ多くのものは三として現れて、三は一より以上ではない。彼女に名を与えるな、名は一に限定してしまう 彼女を見ると どんな限定にも困惑してしまう。」
この詩は人間の大きな三つの側面を表していると考えられる。

3)二つの人間論の共通点
 グルジェフとイブン・アラビーの二つの人間論の共通点をまとめていきたい。二つの思想の大きな共通点として着目したのは二つある。①人間は世界(宇宙)の維持の為に必要不可欠な存在であること。②人間の殆どが本来の人間となってない。

 ①グルジェフ論では人間は創造の光の降下システムにおいて太陽と地球の間のショックを生みだす役割がありそれによって地球や月の発展に必要不可欠な存在としている。また、完全なる機能を持つ人間第七番は宇宙と完全なる対応関係を持つと示唆されていることから、宇宙維持に深い関わりがあると考えられる。一方、イブン・アラビーは完全人間は絶対者が神であるために必要な宇宙の管理人であり、完全人間がいる限り宇宙は護られると述べていることから、宇宙維持に絶対不可欠な存在であると考えられる。

 ②二つの思想では人間を完全な人間とそうでない人間に分けている。グルジェフは人間を七段階に分けて、第七番の人間を完全な人間、第一〜第三の人間を眠っている人間(機械的人間)としている。イブン・アラビーはグルジェフほど細かく人間を分けていない印象を受けるが、彼の詩に出てくる、ガゼルの羊飼い・キリスト教の修道僧・ペルシアの賢者という三つの言葉がグルジェフの三つの道を連想させる。

グルジェフ:イブン・アラビー:象徴
ファキール:ガゼルの羊飼い :肉体
修道僧:キリスト教の修道僧 :感情
ヨーギ:ペルシアの賢者:精神

4)考察
 グルジェフスーフィズムは共に人間は神と宇宙にとって必要不可欠な存在であることを説いていると考えられる。しかし、両者ともに「あらゆる人が眠ってる。死んで初めて眼が覚める」というハーディス(預言者ムハンマドの言葉)を重要視している。双方の思想とも人間が本来の意味で〈人間〉であった時のみ神の似姿や宇宙の縮図(ミクロコスモス)と呼ぶにふさわしいと述べており、多くの人々が〈人間〉にはなっていないと説いている。つまり、人間の持つ本来の可能性を示しており、三つの体に同時に働きかけ、エゴ(緩衝器)を壊すことが〈人間〉になるための道であると説いていると思われる。

5)おわりに
 近年自殺の増加や痛ましい事件、非人道的行為が多くみられる。その根底にあるものは自分自身の存在意義を見いだせていないからではないかと考えている。イブン・アラビーは愛の定義を【創造の動機】としている。神の愛、そして両親、先祖の愛があるから自分自身が存在している。また、人間は世界にとって必要な存在である。この事実を認識すれば自分や他人に対してもっと優しくできるのではと浅はかながら感じている。この二つの巨大な思想に触れて自分の力量不足を痛感するばかりであった。最後にこのような機会をくださったR社のK氏、会員の皆様、ならびに生んでくれた両親のおかげでこの機会を体験できているという事に深く感謝してこの稿を終えたい。

6)参考文献
スーフィー:西欧と極東にかくされたイスラームの神秘】イドリス・シャー 著 久松重光 訳

スーフィズム老荘思想 比較哲学論 上】 井筒俊彦 著 仁子寿晴 訳

【奇跡を求めて グルジェフの神秘宇宙論
P.D.ウスペンスキー 著 浅井雅志 訳